算命日記1月

1/15(火)




いつもだいたい同じ時間にすれ違う、子犬。
よちよち歩きで、とってもかわいいのです^^
おじいちゃんが、また、いい感じなのです。
「さ、帰ろうね♪ おうち帰ろうね♪」
と子犬に、話しかけながら歩きます。
いつか、正面から写真を撮らしてもらおうと思います。

そう思っているのですが、すれ違っちゃいます。
せめて、後ろ姿だけでも・・・とパチリ!
どうも、自分から仕掛けるのって、苦手なのです。
何にしろ・・・奥手です(*^ 。^*)
占「その年で奥手(ーー; βακα_φ(゚∀゚ )」


高尾先生のお話は、過去に関してはバシャールと同じ。
過去という時間はなく、いつでも、瞬間移動ができる。
こういうことが教科書に書いてあるからすごい。

今が過去になるという算命学の東西関係は、
微妙に違うのですが、バシャールとどこかでかぶっている。

バシャール
「皆さんは自分の過去を、常に変えています。
 過去を変化させる、ということは、皆さんが
 過去と呼ぶ別バージョンの今に対して、
 別の関係を持つことで変化させたことを表しています。」

高尾算命
「過去は全然動かない。動いているのは東だけ。
 前進だけなのです。今日は前進しています。
 つまり、昨日の東は今日の西です。
 そしてまた翌日になる。一日過ぎたらもう
 それは、西の現象になっていくわけです」

宿命は、一応、現実の時系列の中で成立しているので、
こうした表現になりますが、「昨日の東は今日の西」と
「過去と呼ぶ別バージョンの今」と、
ちょっと発想をひっくり返すと、一致点があるような・・・
もどかしいですが、僕の頭では、
まだ、理解しきれないところです。


余り知られていない算命学の占技シリーズ

*角(かく)運の型
角運の型で親に波乱が起こることを例にして
「このように、共通干支(縁)がいかに大切か、
 ということをよく覚えておいてください。」
と言っています。

「人を信用していいかどうか、という占技でも
 自分と共通干支を相手が持っているかどうか、
 これが信頼の度合いなのです」

「共通干支を相手が持っていると、大抵信頼できるのは
 自分の持っているエネルギーと
 ”同質のエネルギー” になるわけですから、
 特に大半会でも律音でも納音でも、それが
 共通点になるので解り合えるところがあるのです」

ただ、これまで、無縁の仲良し夫婦や、
強縁で離婚した夫婦などを見ていると、
簡単に断定はできないなという気はします。

特に大半会や納音は、
次元の違うものを結び付けているわけですから、
案外もろかったりもします。





1/14(月)




これは、きのうの体操の帰りに撮ったもの。
道が濡れています。雨が降ったみたいですね。
雨上がりは空気がきれいで、すがすがしい朝でした。

家と家の間に、ひっそりとお地蔵様が祭ってあります。
「子育て地蔵」と書いてありました。
いつも、お花が活けられていて、庶民の信仰の場所。
下町っぽい風情です。

算命学の未来と過去の話は、
バシャールとはちょっと違いますが、
東(未来)と西(過去)という形で述べられています。
「過去を時間的に計るとわからなくなるのです。
 過去というのは物事の現象が起きました。
 しかし、それ以後は静止して動かないのです。
 人間というのは何分かの中に、小さい時から
 今日までの過去を思い出す時がありますが、
 その速さは数秒で昔に戻れるのです。
 これはつまり動かないからなのです」

過去は消えてなくなるわけではないということ。
過去に関しては時間がないってことです。
同一平面上にすべてがあることにつながります。
東が動いていて、過去を作っている。
過去は消えることなく、そこにある。

「過去は全然動かない。動いているのは東だけ。
 前進だけなのです。今日は前進しています。
 つまり、昨日の東は今日の西です。
 そしてまた翌日になる。一日過ぎたらもう
 それは、西の現象になっていくわけです」

例えば、運勢で東半会、西害、という時、
前進力は大きくなり、発展性のある時ですが、
その結果はどうなるかは、西で観なさいとなります。
西が害なら、発展したが、結果は思い通りではない。

算命学では、この場所の考え方を明確にしないと、
半分の解釈しかできないことになります。


余り知られていない算命学の占技シリーズ

*角(かく)運の型
縁に関する占技はまだあります。
ただ、算命に限らず、占いの文言は、強烈です。
それも、断定します。
なんで?と思わずにはいられません。
どれもこれも、断定できることではないです。

角運の型とは、兄弟同士が共通干(縁)があって、
親との間には、共通干支がない(無縁)のケース。





「俗に、鬼っ子と言われる」
「親の運を食いつぶす。極度に破壊する」
「子供は大成するか、駄目になるかどちらか」

これは自分の意志とは無関係に、あることです。
生まれたとたんに、こんなふうに決めつけられて、
十字架を背負うように生きるなんて、信じられません。

もっと、きつい文言もあります。

「例えば、父親が何の星もないのに、
 短命で亡くなったりしますが、それは
 子供たちの間に、角運の型がなりたっていることが
 よくあるのです。」

算命学的に、なんらかの運命の法則があったとしても
こうした書き方が言われた人に与える影響は大きすぎます。
経験上、運命的なことで、占いで断定できることなんて、
まったくないといってもいいと思います。

出た結果に対して、「これが問題です」と言えたとしても、
変えられない運命を宣言するような占技はないと思います。

ただ、考え方は覚えておいてもいいでしょう。
親と共通干支のない子は、親の思惑の外で生きる。
親と運命がシーソーすることもある。
というくらいの表現が適切かなと思います。





1/13(日)


今一つ分かりにくいのが、「時間」です。
「時間」とは、今生の現実世界にある?ものです。

「本当はすべてが ”一瞬の今” 。
 時間は意識の副作用であり、幻想。」

すべてというのは、人間が感じている、
過去現在未来という時系列です。

「未来も過去も、別バージョンの今、です。」

言われた瞬間には、なるほどと合点するのですが、
リアルなイメージがわきにくい。
たっぷり副作用の中にいるってことですね。

「副作用」というのは、宿命解読でもよく使います。
才能の副作用。若い時は副作用が強く出る、等々。
実際に、事件や問題が起こるのは、副作用によることが多く、
副作用は宿命が本来の燃焼を仕切れていない時に起こります。

なので、副作用であったとしても、その中には、
宿命本来の機能が含まれていることになります。
福作用を精査することで、作用がわかることがあります。
副作用だけを取り上げて解読するのは、片手落ち。

それが「別バージョンの今」であることを解くためには
なぜ、過去現在未来という副作用が、強く出るのか?
ここにヒントがあるような気がするのです。

過去は過ぎたことであり、未来は見えない世界であり、
今だけを確かに感じる人間。それが副作用なら、
そのことの意味する、本来の作用とは何か?
宿命では、そうやって解読できるのですが、
時間に関しては、なかなか、難しいものがあります。

思い浮かぶのは、「今」はそれほど確かなものなのか?
ですね。。。。。。

*奎(けい)運の型
共通干支がない夫婦での子供の検証。
子供ができても、別れた夫婦その2.



子供は二人とも芸能人。
第一子はakkoさんと納音縁。父と縁なし。
第二子は両方と縁がありますが、宿命二中殺。
中殺縁だからダメとはいえません。
藤本ー木下ペアの第一子も年殺で父縁ありです。

とすると、両親縁があって、離婚したことになります。



第一子と第三子は芸能人。
第二子はサラリーマンで誕生日不明。
第一子は母と強い縁で父とは無縁。
第一子と父は確執があり、母の籍に入ってます。
他の二人は父の籍。

第三子は父と強い縁。
二人合わせると、両親と強い縁になります。
まぁ、19年続いたわけですから、
その意味では、子供が縁を繫いできたと、
言うことはできると思います。

昔はブログで子供の誕生を報告などなかったので
正確なデータが集め難く、データが少ないです。

無縁で子供がいないと危ないとは言えそうですが、
子供が縁を作っても、別れる時には別れるという印象。
縁だけで、関係の正否を決めることは難しそうです。

奎運の型も実践では使えない占技といえそうです。





1/12(土)


死後も意識があるとして、身体がなくなった後
思考はどうなるのでしょう。

「身体が抜けたとしても、思考することはできます。
 ただ、生きている時とは違うやり方です。」

「大切なことは、思考は脳が生んでいるのではない、
 ということです。脳は情報をプロセスしているだけです。」

ここでいう、プロセスとは、「過程」ではなくて、
コンピューターがプログラムを処理する、に近いでしょう。

「脳は、ハイアーからやってきたものを翻訳している
 翻訳機にすぎません。」

人間の世界では、脳が思考していると思っていましたが
実際に思考しているのは、自分ではなくハイヤー。
ハイヤーが思考したことを、翻訳する。
なるほど。人間は、誤訳が多い^^

これもまた、陰占と陽占の関係に似ています。
陰占で起こっていることを、陽占は翻訳する。
しかし、自由意志の日干(自分)都合で訳すので、
時にはとんでもなく、間違えることがあります。

くどいようですが、それを含めて、オールが望むこと。
誤訳から生まれる変化や予想外の体験を、
オールはしたいのだと思うのです。
単に、翻訳させるなら、コンピューターのような
人間を作ればいいわけです。

だから、天中殺とか、大運天中殺とか、変剋律とか、
天剋地冲や納音や大半会や、そうした宿命や運勢は、
大いに誤訳して、想定外の答えを出して、
オールを喜ばせるのがいいように思うのです(^^)


*奎(けい)運の型
共通干支がない夫婦での子供の検証で、
うまく行っているケースでは、
生まれた子供を通して、家族の縁が生まれていました。
少ない例なので、たくさんみていけば、例外もあるでしょう。
それでも、理屈として、それは成り立つように思います。

前回みた、共通干がなく離婚した夫婦の7例のうち、
4組は子供がいました。3組は子供なし。
子供も共通干もない夫婦の離婚率は高いといえるでしょう。

では、子供があって、離婚した夫婦では、
子供と親をつなぐ縁が薄いのかどうか、
このあたりも気になります。子供がいた4組を調べてみます。



10月生まれしかわかりませんが、10・戊戌なら内野さん、
9月なら34・丁酉で、一路さん。どちらかの縁はつながります。
日干支がわかれば、両方つながる可能性があるので、
これは、何とも言えません。



これは、日にちがはっきり出ていました。
今井さんとは縁の薄い子ですが、
SHOGOさんとは、「庚」でつながります。
これは、子はカスガイにならないケースです。





1/11(金)


現実世界にいる時の思考と、スピ界の思考は違うようです。
子供に対して、大人がより良いと感じる生き方は、
この世にあった生き方であって、
本来の在り方とは違っている可能性がある。
これって、陰占と陽占のようです。

算命学は、バランスと平穏な人生のためにという側面から
さまざまな占技が作られているのですが、
それは、まさに、現実世界内で創られた理論でしょう。
だから、どこか優等生で、保守的で、家内安全的で、
宿命本来の在り方を説いているようには見えません。

スピ界から算命学を見たら、
もっと陰占のありのままの姿が見えてくるように思います。

同じように、親が子供に対して導きを与える時、概ねは、
現実世界をより良く生きるためのアドバイスで、それは、
算命学のめざす、バランスと平穏な人生と同じでしょう。

バシャールが言うように、
「より高い視点からお嬢さんの人生を見るので、
 今ご自分が、娘の人生はこうだ、ああだと思っているのとは
 違った感覚になります。」

高いかどうかはともかくとして、せっかく、
陰占と陽占という二つの手掛かりがあるのですから
もっと柔軟性のある解釈があってもいいように思います。
親が子供を諭すような、親が子供に注意するような、
そういう算命学はやめにしたいです。

陰占から陽占を導き出す時に、
常識的な基準を置かないで、もっと自由に、
もっとポジティブに、解釈していきたいのです。

A激剋B 台風で屋根が飛ばされた。
これが陰占だとすると、
大変だ、家が壊れた。大きな不幸に見舞われた。
これが現実をベースにした解釈です。

台風には気を付けよう。今後は事前に対策を立てる。
これが算命占技です。どうすれば台風に会わないか。

陰占では、激剋されて空になったBに別の気が入る。
屋根を新しくする。風に強い屋根ができる。
これが陰占が意味する激剋構造です。
実のところ、現実はこのように動いているはずです。
でも、人間がそこに、不幸だの被害だのという意味を加える。

現実人間色の薄い、陰占算命学を考え中です。


*奎(けい)運の型
共通干支がない夫婦での子供を検証しています。


仲良しカップルに選ばれている二人ですが、
干合しても共通縁は生まれません。無縁の夫婦です。

ブログで誕生を公開しているので、誕生日はあっています。
これまでの例にあったように、第一子が親との縁が強いです。

第一子の月干支が木下さんの24,4と両方大半会縁。
29が藤本さんの9と大半会縁。

第二子は全く縁がありませんが、両親が干合すると、
32番と大半会縁が生まれますが、一時的なものです。

小栗家と同じように、第一子がカスガイになりました。





1/10(木)


質問者が、死後、お化けのように浮遊しているのか?
と聞くと、バシャールは、
「幽霊になろうとあなたが決めない限りそうはなりません。
 幽霊になろうと決めればそうなれますが」といいました。

こういうの、実験したくなるんですよね。
だから、僕は死後、幽霊になると決めようと思います。

「スピリット界の住人は、物質次元で何が起きているのか
 完全にわかっています。」
「スピリット界(以下スピ界)の人(亡くなった人)には、
 地上の人の言うことが瞬時に聞こえています。」
「もし、身内で亡くなった人とつながりたいと思ったら、
 スピ界にいる身内の人は、即気が付き、
 そばにきてくれます。」

なるほど、幽霊にならなくても、地上の誰かが望めば、
すぐに、そばに行くことができる、ようですね。

「たとえ、あなたが、気付かなかったとしても、です」

自分が凡庸な日常生活を送っていると、
願いがかなって、そばに来てくれても、
気が付かないことがあるってことのようです。

質問者が、読者の気持ちを代弁して、
死後、自分の娘の生き方をスピ界から指導できるか、
と聞きました。「そっちへ行くと危ないよ」みたいな。

「お嬢さんをガイドするということはできますが、
 スピ界へ行った後は、生きている時と同じような観点から
 お嬢さんの人生を見るわけではありません」

「より高い視点からお嬢さんの人生を見るので、
 今ご自分が、娘の人生はこうだ、ああだと思っているのとは
 違った感覚になります。」

感覚は違っても、それができるんですね。
やってみたい!(^^)


*奎(けい)運の型
共通干支がない夫婦での子供を検証しています。

これは、仮説も仮説、たんなる思い付きですが、
子はカスガイという言葉が、算命学的にあるかどうか、
無縁で結ばれて、仲良し夫婦と呼ばれている人を検証です。



出産報告なので、誕生日は定かではありませんが、
9月下旬に生まれたという友人のコメントがありました。
月年は間違いないでしょう。

月干支が小栗さんと、年干支が山田さんと共通縁になり、
第一子がカスガイになっています。

第二子も誕生日は不明ですが、月年は合っていそうです。
無縁ですが、月年干合すると、水になって、
小栗さんの天干全部と縁ができます。
それがなくても、第一子でつながりができました。





1/9(水)


死後の世界について、バシャールは、
「私という感覚」をなくすことはありえない、と言います。

死ぬことは存在の終わりではなく、次元が変わることであり、
高い次元で存在することで、そこでも「私」はいるようです。

僕は、死後は、意識のない世界(陽占のない世界)になると、
ずっと思っていました。今でも、半信半疑の中にいます。

「死」は「私」が体験することの一つ。
死後の世界でも、生きていた時の記憶は持続するといいます。

「スピリットの世界に行くと、
 生きていた時には忘れていた出来事を思い出します。
 スピリットの次元に戻ると、生まれてから死ぬまでの
 すべての一瞬一瞬を明確に覚えているのです。」

これが本当なら、認知症を恐れなくてよくなります^^
死後の世界で、人生をもう一度楽しむこともできます。

過去も現在も未来も、同一平面上にすでにある、
という考え方は納得しています。
それでも、この理屈を実感として信じられないのは、
多くの人間が生まれる前の「私」の存在を
思い出すことも、意識することもできないためです。

ただ、それは、僕がこの次元にいるからであって、
少数の人ですが、スピチャンネルを持つ人もいて、
前世の記憶を持っていたり、人の過去世を観たりして、
その人たちは、「霊能者」という呼ばれ方をしています。

僕もこれまでに、何人かの霊能力のある人に会って
そうした力があることを実感したことがあります。
また、信頼できる友人たちからも、
信じられないような体験談を聞いています。

一般の古典ではなく、高尾算命の教科書の干支占技で
「霊感」をキーワードにすると、3つの干支がヒットします。
12・乙亥・・・未来を予測する霊感めいたものもある
19・壬午・・・不思議な霊感の持ち主
24・丁亥・・・霊感があるので占い師も。

これ以外にも、身弱エネルギーの中殺や暗合などでも
霊感という言葉は出てきます。
宿命の中にも、スピチャンネルを持てる人がいることは
算命学としても、語られています。

ということは、この世界以外の世界が、
あるということでもあるんですよね。
それをもう少し、探ってみたいと思います。


*奎(けい)運の型
共通干支がない夫婦での子供を検証しています。



魔裟斗さん夫婦。仲良し夫婦と言われています。
干合しても共通干は出てきません。



不妊治療などを経て、3人の子供を授かっています。
長女の月干支が魔裟斗さんと納音です。
二女は矢沢さんと強い縁でつながっています。
三番目は男の子。
出産報告日なので、誕生日は少し前でしょう。
2日前なら40番で矢沢さんと「癸」の縁ができます。

彼が無縁でも、上二人の子供で、夫婦と縁ができて、
奎運の型の夫婦無援を補っています。





1/8(火)


体操の始まる前、役員風の方から、名前を聞かれました。
そして、手渡されたのが、



これ。来た日に自分で判を押してくださいって・・・
「毎日来てくださっているので」
「こちらこそ、お世話になっています。
 ありがとうございます」
と挨拶をかわしました。

そして、例の真ん中の白いお姉さんを指さして、
「あの人が指導員の〇〇さんで」と名前まで紹介してくれて、
どうせなら、顔合わせをして欲しかったのですが(笑)

ラジオ体操協会のものかと思ったら、ちがっていました。
簡易保険加入者協会! 
もしかして、保険に入らされちゃうのかと思いましたが、
まぁ、この年ではありえないですね^^
ネットでみたところ、この協会のボランティアのようです。
よほどのことがない限り、ここで、毎日体操、続けます。


ハイアーとフィジカルの関係を整理すると、
「ハイアーが今生でどういう体験をしようか、の
 コンセプトを作ります。
 フィジカルは、その体験を知覚している部分です」

「ハイアーが設計者、デザイナー、
 フィジカルは、それを、体験する人」

「ハイアーは非物質次元にあるので、
 よりいろいろな範囲を見渡せるところから、
 谷底にいるフィジカルにとってのガイドになります」

これがその通りなら、人生何の苦労もないのですが、
肉体を持った日干(フィジカル)は陰占(ハイアー)の
設計図通りには体験できません。
なぜ、そうなっているのか?

答えは一つしかないと思うのです。
オールは、それ(誤差)を体験したがっている。
天中殺や宿命中殺は最大の誤差を生むものですが、
根源はそれを体験したいのだと思えるのです。


*奎(けい)運の型
共通干支がなくても、うまく行っている例では
子供がいることが大きな要因に思えます。

子供が両親と共通干を持っていれば、
子はかすがいになる可能性が高まります。



生まれた日と発表された日が違うことがあるので、
なんともえいないのですが、wikiでは
出産、発表、という使い分けがあったので、
それに従いました。

長男は、58番が菅野さんの48番と共通。
長女は、生まれ日は定かではないのですが、
生まれ月と年は間違いなく、こちらは、両親と縁があり
特に、堺さんとは強い縁になっています。

両親の無縁婚を子供がカバーしていることになります。





1/7(月)


昨年末から、頻尿に悩まされていました。
人と会う時等、困るのでお医者さんに相談したところ、
「年齢である程度仕方がない」と・・・
ひどくなったら、薬を処方しましょうとのこと。
これ以上薬は増やしたくないので、人体実験開始。

原因究明のために、いろいろ試行錯誤していました。
冷え、塩分、コーヒー、という3つの原因が浮上して、
温め作戦は、さほど効果がなく、塩分控えめは常日頃、
結局、カフェインかなと思って、年末からコーヒー断ち。
丁度、ストックがなくなったので、
家でも、外でもコーヒーを飲まないようにしました。

これがかなり効果があったのです。
僕としては、因果関係がはっきりして、
ある程度、安定してきました。



タイミングを見計らったかのように、昨日頂き物。
オーガニックカフェの美人姉妹さんから
ノンカフェインお米コーヒーと、
無農薬玄米粉を使った手作りクッキーを頂きました。

昨年末、お店の賃貸契約は切れて、閉店。
今は、通販やイベントで大忙し。
毎年、お正月には会うことになっているのですが、
今年は時間が合わず、少し先延ばし。

お米コーヒー(*^ 。^*)、いいですね。
しばらくは、コーヒーを味わうことができます。


*奎(けい)運の型
共通干支がなくて、離婚したケース。
たくさんあります。注目は子供の有無です。


大沢さんが干合すると、乙の共通干はできますが、
羅状縁にもなりません。
7年間生活しましたが、子供はいませんでした。



授かり婚で、子供は一人。
離婚後も三人でよく会っているそうです。
再婚のうわさもあったほど。


干合しても共通干はなし。
子供はいません。



授かり婚。離婚後の関係は不明。
今井さんが子供を育てています。



離婚後、akkoさんが子供二人を育てています。


干合もなし、共通干支もなし。
子供はいませんが、16年続いていました。



干合はありますが、干合しても共通干支はなし。
子供が3人。
19年後の離婚は、相性の問題ではないでしょう。

7つの例がありますが、子供がいないケースは3例。
単純に統計からみると、縁がない結婚は、
子供の有無にかかわらず、離婚率は高くなります。
ただ、十年以上続いているケースもあり、
また、昨日見たように、子供が出来たことによって、
うまく行っているケースもあります。

一概にはいえませんが、子供が出来ないケースで、
無縁の結婚は、離婚率は高くなると思われます。

結論としては、下一桁の共通縁は大事ですが、
縁がないからと言って、うまくいかないと断定はできない、
そういうことだろうと思います。

共通縁があるケースは、持続力は別にして、
結ばれやすく(恋愛も含めて)、絆は強くなります。
とはいえ、それが持続するかどうかは、
別の要素(子供等)を加味する必要がある、
ということになります。





1/6(日)


先日、塾生の方との新春お茶会で、
スマホで日記が見にくいという話になって、
実際に、見せてもらいました。
僕はネットにつながないガラ携なもので・・・

スマホ対応になっていると自動的に切り替わりますが、
僕のページは横に長いと見にくいってことがわかりました。
それで、スマホ対応を調べたのですが・・・
意味不明の専門語が並び、そう簡単ではなかったのです。

それで、日記に関しては、このぐらいの横幅で、
できるだけ書いて行こうと思いました。
アナログ・スマホ対応策です^^
良いこともあって、よけいな修飾語や接続詞を省いて
文章を作る訓練にもなっています。
表も細くしました。

改行によっては、読みにくかったり、
パソコンで見ると、見難かったりすると思いますが、
ますます、スマホ全盛の時代になるでしょうから、
ご了解、お願いします<m(__)m>


これは、無理やり当てはめているのではなくて
陰占と陽占について、ずっと考えていたことです。
バシャールにヒントを得て、明確になってきました。

ただ、算命学では陰占が現実(肉体)で陽占が精神、
バシャールとは逆の意味になっています。
でも、もうひとひねりすると、陰占(肉体)に本質が宿り
陽占(精神)が現実を作っていると解釈もできます。

ハイアー(陰占)が『体験したがっていること』、
このニュアンスがとても気に入りました。

自分と現実を唯一の存在とすると、
陽占だけを生きているような気になってしまいます。
自分が体験したいことではなくて、
「陰占が体験したい人生を陽占が作る」
こう考えると、宿命の意味が分かりやすくなります。

そして、日干(自分)は、陽占に置くのではなく、
陰占に置く(現実の二重構造を使う)、
これが宿命を生きることかなと、思えたのです。

だから、占いも、十大主星や十二大従星など、
パターン化された答えを記憶するのではなく、
もっと陰占の日干に寄り添ったところから、
発想していくべきかなと思うのです。

陽占は、日干の在り方によって、まったく違ってくる。
星の意味が一つのわけがないってことです。
位相法も、宿命中殺も、一つの答えではありようがない。
そう考えれば、同じ誕生日で違う人生は、当たり前です。

*奎(けい)運の型
実際の相性診断を見て行くと、
共通干支のない夫婦は普通にあることがわかります。
教科書で言われているほど、驚くことではないです。
天中殺が共通干支の代わりをするというのも、
それほど的を得たことではありません。
それは、共通干支のない夫婦を見ればわかります。

ただ、一緒になってから、別れる夫婦も多くあります。
また、おしどり夫婦と言われる夫婦もあります。
それは、必ずしも共通干支の有無が決め手とも思えません。



戊と癸の干合で、丁巳・丁丑の虚大半会が生まれます。
干合で生じる縁の事は「些細な縁」と言われています。
結婚五年目で、なんともいえませんが、
仲良し夫婦と呼ばれ、昨年、二人目の子供が生まれました。



こちらは、干合しても共通干がなく、結婚11年。
仲良し夫婦で、やはり、昨年、第三子が生まれています。



共通干支も干合もありません。結婚六年目、子供二人です。



干合はありますが、共通干支にはなりません。
結婚8年目、子供二人です。

さがせば、まだまだ、いると思います。
例外的なことではないです。
ただ、だからといって、相性診断で縁の有無はいらない、
というわけではありません。
無縁でうまく行っているケースでは、みな子供がいます。
子供を通して縁が生まれることもあるでしょう。

無縁で離婚したケースも見てましょう。





1/5(土)


質問者が、人間の構造をまとめています。
ハイアーとフィジカルについて。
「ハイアーの機能は、人生の目的を持っていたり、
 直感を私たちが得る時のコンタクト先」
「フィジカルは私たちの ”自由意志" と関係している。
 そして、その人の世界の見方、
 世界はこういうものだという見方にも関係する。
 それをさらに言い換えれば、
 その人のビリーフ、信念、観念にもそれは通じます」

バシャール「はい、そうです」

こうした考え方を算命学にあてはめてみると、
ハイアーは宿命の陰占。

フィジカルは日干がコントロールする陽占。
日干には自由意志や本能が埋め込まれていて、
必ずしも、ハイアーをそのまま反映するとは限りません。

共通しているのは、人生が入れ子構造になっていること。
決して、人間や世界が単独でここにあるわけではない。
そして根源(道、ザ・ワン)がすべてであり、
そこから発生した連なりから、万物が生じている。

バシャールは幸福とは何かの質問に対して、
「本当の自分自身でいること」と言っていました。

これが正しければ、
人生を難しくし、苦難に満ちたものにしているのは、
現実をすべてと考えていることが原因のようです。

人間とは何か、人はなぜ生きるのか、
昔の青春本の青臭いタイトルみたいですが、
この命題ときちんと向き合うことが、
これからの時代、必要になってくると思うのです。

また、占いをただの当てモノにしないためにも、
占者は自分なりの人生観を持つ必要はあると思います。
算命学には、幸いなことに「老子」の宇宙観があります。
それを学ぶことによっても、占いの背景にある、
人生の成り立ちを垣間見ることができると思います。


*奎(けい)運の型
相性で、共通干支のない夫婦やパートナーがいるのは
天中殺や変剋律(異常干支)で結ばれたから、
というのが奎運の型です。

前回やったおしどり夫婦で、共通干のない人を
五組ピックアップしてみました。
その中で、奎運の型に当てはまったのは1組だけ。



これは陰陽ではだめで、同じ干であることが条件です。
このふたりは、干合もなく、共通干ゼロ。



北斗さんは大運天中殺、佐々木さんは変剋律。
変剋律は精神大運天中殺と呼ばれているものです。
奎運の型では、
「それは天中殺が呼び寄せた現象であって
 本質的に呼び合った間柄ではないのです。
 だから、ここで結びついた人たちは
 天中殺が終わったら離れてしまうのです。」

天中殺が終わると、共通干がなくなる(縁がなくなる)。
離婚とは書かれていませんが、それに近い言い方です。
二人の場合は、子供もいて、23年間、夫婦生活が続いています。




これは当たりですが、離婚したのは2005年の7月。
大運天中殺で結婚して、その期間に別れています。
大運天中殺が終わったからではないです。

ただ、藤田さんが干合すると月干が乙巳となって
虚律音関係が生まれます。
むしろこちらのほうが、説得力のある理由になります。
熱が冷めて、干合がとけたら、無縁になった・・・
こうした例はたくさんあります。





1/4(金)


バシャールの図の中にあった「Reflection」という言葉。
これの意味についての質問にバシャールが答えています。

「そもそもすべては意識のなかで生じたReflection
 (反映、反射、映り込み)であることを
 理解しなければなりません。
 外の世界ではなにも起きていません。」

前に見た、リアルな現実は「幻想」ということです。
元になる意識を脚本とか原作として、
現実はスクリーンに映される映像ということでしょうか。
人間は映画監督であり、役者です。

「そもそも外の世界といったものは幻想であり、
 存在していません。すべては意識の中で起きている
 アイデアやコンセプトです。私たちがReflection
 と呼んでいるのは、こういうことです」

このアイデアやコンセプトは高尾先生のいう、
一極二元の一極と同意語のように思えます。
二元が陰陽でそれは存在を示します。
それが幻想?! そう言われて反論できないのは、
僕たちは何十年も生きてきたわけですが、
ふと振り向くと、もしかしたら何十年も夢を見てきた、
と言われても否定できない。
想い出は頭の中にあるけれど、外にはありません。
それは幻想に近い。

高尾先生は「二元は一極を必要とする」
という言い方をされています。
一極がなければ二元はない。
けれど、二元はなくても、一極はある。
バシャールの言う「意識」とは一極で、
人は死んでも極(意識)は残る。

Reflection(反映)について、
バシャールは魂(ソウル)を池に例えます。
魂が小さな池だとしして、
現実物質という次元を体験したいと思います。
魂は池(魂自身)の真ん中に石を落として波紋を作り、
最初に生まれる波紋が「ハイアー・マインド」
その外側の波紋が池の端まで行って戻ってきます。
戻ってきた波と最初の波が交差することになり、
それが「フィジカル・マインド」になります。

この比喩は、量子論の粒子と波動の関係を想起させます。
僕なりの解釈はあるのですが、科学的には無知なので、
クレームの石が飛んできそうなのでやめておきます。

僕たちが生きている現実は、所詮、「反映」でしかない、
というバシャール理論は、とても魅力的だと思います。
いずれ、科学的にも証明される日が来るような気もします。

宿命が気を変換して現実を作っていることも、
「現実は気の反映である」と言えるように思うのです。
そして、気は道の反映です。


余り知られていない算命学の占技シリーズ

*奎(けい)運の型
この前に、ずっとやってきた相性診断で、
天干の一致がなく夫婦になっているケースがありました。
これは、算命学的にはありえないに近いことです。

「共通干支がないのに、どうして連結していくのだろう?
 と非常に不思議で、原因が分からない場合があるのです。
 そこで、ある一つの常識を覚えなければならないのです。
 つまり、共通干支がないもの同士を
 引き付ける力を持っているのは
 『大運天中殺』と『変剋律』だけなのです。
 これを覚えておかないと、共通干支の使い方が、
 非常に希薄なものになっていくのです。
 これは算命学の常識として知っていてください。」

長々と引用しましたが、
占い理論へのこうした盲信があることを
知って欲しかったからです。
いったい、どれだけのサンプルで確認したのでしょう?
あるいは、古代では、例外が少なかったのかもしれません。

少なくとも、現代では、一般人も芸能人も、
共通干支がなくても普通に結婚して、
添い遂げているケースは例外ではなく、
普通にたくさんあります。
もちろん、離婚しているケースもありますが、
それが共通干支がないせいだとは、とても思えません。

それは後で検証するとして、奎運の型では、
共通干支がないもの同士を連結する力は次の3つです。

①大運天中殺
②変剋律
③年運天中殺

①~③のどれかが両方になくてはいけません。

「つまり、お互いに大運天中殺を持っているということが
 共通運命になるわけです。」

①~③もなく、共通干支もなく、夫婦になる人たちは、
考えられないということになるようです。
でも、現実では考えられないことが普通に起こっています。





1/3(木)


年運勢アップしたのですが、中殺意味は手直ししましたが
星意味や位相法などは、去年と同じものを使いました。
手直ししたい部分も多々あるのですが、、、、
あれはあれで、手のかかるものでして(ーー;)
来年まで無事でしたら、
来年は、もう少し完成度の高いものにしたいと思っています。
きつい表現などは、そのまま受け取らないで、
大げさな注意喚起として、お読みください。




きのう(二日)、体操のお仲間が指さして、話していたのですが、
ほんとに、三日月のそばに、寄り添うように星が接近、
なんとも微笑ましい形で、輝いていました。
前日なら写真に撮れたのですが、残念です。
丁(月)和剋 庚(金星)で、裏干合? 仲良さそうでした。
朝から、ほんのりした気分になれました。




もう少し、バシャールを続けたいと思います。
オールとソウルの入れ子構造を図にしていました。
オールを道と考えていましたが、この図を見ると
すべてを総括する、無意識のザ・ワンが道ですかね。

オールは「意識」をもつものです。
道は「無」なので、ザ・ワンのほうが適切かもしれません。
「無名天地之始」
「道生一 一生二 二生三 三生万物
 万物負陰而抱陽 沖気以為和」

「無」は天地の始まりであって、何もなかった。
「有」という一を生み出し、一は天地という二を生み出し、
二は陰陽の気が加わって三を生み出し、三は万物を生み出す。
万物は陰の気と陽の気を内に抱き持ち、
それらの気を交流させることによって調和を保っている。

根源(道、ザ・ワン)があって、
それが一(オール・有意識)を生み(反映し)、
一が陰陽を持った二(存在の原理)を生み、
二が三(陰陽を統一する精神を生み)それが万物を生む。
老子の「一二三」、高尾先生のいう、「一極二元」と
バシャールの「オール・オーバーソウル・個々のソウル」
には、似通った三位一体があるように思えるのです。

老子はこの一体に関して「沖気以為和」といいます。
この「沖気」という言葉の解釈がまちまちなのですが、
対冲、冲動に通じる言葉で、興味深いところです。

老子でも「冲気」と書かれている本もあります。
沖は中なり、として、中間、バランス(調和)という訳が多いです。
沖(おき、遠く離れた場所) 中国語辞典では「衝突」「押し流す」
老子の中では「調和」という意味で訳されているものが多いです。

ネットで「沖気以為和」の訳を拾ってみると、
・それらの気を交流させることによって調和を保っている。
・これらを媒介する沖気によって調和している。
・陰陽に気が相互に作用し合うことによって調和している
・中心にからっぽの部分があってバランスを保っている。

最後の「からっぽの部分」と言う訳が僕的にはしっくりきます。
ただ、位相法の対冲は「衝突」の意味ですね。



最後の「衝」で、180度になる時刻とありますが、
これは、向かい合った(反対側)という角度で、
対冲の原理的説明にもなっています。

中国語辞典では、「突進する」とか「移動させる」とか、
能動的な意味になっていますね・・・
酉→×卯の対冲の場合、酉が卯と衝突する、よりも
酉が卯に衝突する、酉が卯を移動させる、と考えたいんですよね。。。

ちょっと横道にそれましたが、今、位相法を考えていて、
算命学では「対冲」は受け身で、「衝突される」という意味です。
なので、壊れる、壊される、失くなる、という解釈が生まれます。
そこから、古典では、対冲は凶という考え方になります。
でも、「沖気以為和」とすれば、対冲のポジティブ解釈が見えてきます。
「万物負陰而抱陽 沖気以為和」を対冲に応用できれば・・・
あ、天中殺だ f^_^; まとまりなく、広がって行く<m(__)m>




1/2(水)


遅くなりましたが、2019年の運勢、アップしました。

昨日(元旦)、体操やっているかどうかわからなかったのですが、
公園へ行きました。小学校の時は、元旦はお休みでした。



黒い雲が遠くに見えて、朝の薄暗さを不穏な空気にしています。
健全さを嫌う龍高星が喜びそうな風景です。元旦っぽくない。
いつもと同じ朝を、元旦という祝日にしているのは人間の勝手、
街は自然を映して、ただの1月1日の風景でいます。



公園前の通り。人も車もいない朝は気分がいいです(^^)



昨年末にオープンした公園前セブンイレブン、元旦も営業中!
ほぼ、毎日体操帰りにここに寄っています^^



公園から見えるマンション。
ところどころ点いている窓明かりが好きです。
窓の向こうに生活があるという感覚。
実態は見えなくてもいいのです。
暖か「そうな」というところで感じる幸福感です。



もう一つ好きなもの。冬枯れの木。
しかも、上に枝が伸びている木がいいんですよね。
そこに三日月なんて、最高のロケーションです(*^ 。^*)



元旦から、十数人の人が体操に参加していました。
人見知りの僕は、集団からちょっと離れたこの位置でやってます。
ここは、会費もなければ、会の集まりもなく、最高!
真ん中の白いお姉さんが美人なせいか、8割が男性です。
僕もファンの一人です(*^ 。^*) 
もう、移動せずに、ここでずっと体操を続けたいと思います。



今年の僕の運勢です。天中殺2年目。

準方三位というのは、算命学では、土性を入れない同じ季節。
寅卯、巳午、申酉、亥子の4つだけ。
ただ、位相法という時には、入っていません。

僕は、同じ季節の一つの気が連動するという意味で
土性も加えています。印みたいなものです。ここは、亥と丑。
位相法的にいえば、無条(位相法がない)の一年。でも天中殺。

中殺禄存星は、「好きでもない人と恋に落ちる」となりますが、
これは、現象の一つで、そんなことも起こるかもしれない、程度です。
禄存星、車騎星というのは最大剋ですから、才能の一つ。
それが、枠を持たないとなると、方向感のない、キリがない、
という解釈になります。これも、マイナスからの見方。
「自由に動ける」「とことんやれる」がいいでしょう。

「方向感がない」・・・相手を選べない恋に落ちて
「キリがない」・・・執着して
とすれば、不穏な一年が予測されますが、
「方向感がない」・・・不特定多数の人に奉仕の精神が向かい
「キリがない」・・・際限なく、前進できる
となれば、ポジティブな禄存星中殺です。

天極星中殺といえば、「霊感・不安定な精神状態」が答えですが、
「環境を受容する力が拡大」「過敏な感知力が生まれる」
というほうが、ポジティブエネルギーになります。

古典は、災いを避けるための吉凶判断が主です。
算命学は、王室が困らないための、戦術(占術)です。
高尾先生は、それを庶民のためにと、改編して世に紹介しました。
他の、古典的占術よりは、ずっと現代風ですが、
それでも、「平穏にくらすために、危うきを回避する」ことに
重点が置かれているように思います。





1/1(火)


2019年の運勢、明日の夜になります。
申しわけありません。

新しい年になりました。いつもと同じ朝ですが、
お正月には仏様にお雑煮をあげる習慣があり、
これは欠かせません。

といっても、大したものではありません。
白菜と大根と、卵と、
いつもは、お正月らしく紅白のかまぼこを入れるのですが、
どうも、普段よりも値段が高い(`v´)
そこで今年はちくわをピンチヒッターに、
だしの素と隠し味は極小納豆^^ そして御餅。



年末にいただいたリンゴがあったので、色どりになりました。

僕は異常に好き嫌いが多いのです。
20歳前までは、肉、魚貝類、きのこ類、多くの野菜を食べませんでした。
納豆、大根おろし、豆腐、たらこ、好きな具の味噌汁、卵、イモ類、
これを毎日のように食べていました。
母も学校の先生も、なんとか食べさせようと厳しくされたのですが、
素直でいい子だったのですが^^ これだけは譲れませんでした。

大人になって、魚や肉類、野菜と食べられるものが増えました。
でも、好き嫌いは多いほうですね。
好きなものは毎日でも飽きないし、どう加工しても好きです。
食べ物に関心が薄いっていうのは、昔からです。

今年は、なんだか、どんよりした正月気分。
気持は落ちてないのですが、身体が・・・
「年を取った」とうつむいている感覚です。

30代から40代、40代から50代、50代から60代、60代から70代、
この代替わりの数年は特にその傾向が強かったです。
年代によって感じ方は違うのですが、
心も体も代わってきたことを実感します。

これは、若い人が想像してもわからないことでしょう。
個人差はありますが、「実感する」ことしか、
共有できないものだと思います。。

バシャールのいう、ネガティブ感情とも違って、
瞬間的にふとよぎるものです。すぐに切り替わって、
いつものように、ラジオ体操の朝が始まります(^^)/


まだ一カ月ありますが、2019年は己亥です。
己は序数としては、半分を過ぎた6番目の干。
亥は12支の最後ですから、干(精神)と支(現実)の差が大きく、
辰巳はみんなそうですが、自然な一体感はありません。

干支占技の場合は、語源的な意味を用いて考えることが多いです。
精神の己は「紀」で、筋道を立てる、まとめる整える、という意味。
亥は「核」で、種を包む殻、種そのものでもいいでしょう。
ただ、12番という10干から外れた位置にあることを重視して、
「独自の」種を作る働きという見方をしています。
乙亥の日座が代表です。

気は精神が現実を和剋します。己剋亥(壬)。
干が支を剋す形は、天が地に理を伝える、理を通す、という時です。
己は後半へ向かう精神ですから、一つの曲がり角の精神。
何かを正すような形で、天意が現実に干渉し、
次の時代に向かって、指針を与えたり、方向を示唆したり、
時には、思い知らせるために、ダメージを与えることもあるでしょう。
そのような意味が考えられます。

また、天が地を剋す時は、天災が起こりやすいと言われています。
穏やかな一年は、イメージされません。

60年前の己亥の時には、伊勢湾台風で5000人を超える死者がでました。
正すという意味では、60年前は安保改定阻止国民会議が結成され、
これが、翌年の60年安保闘争への引き金になりました。
世界では、キューバ革命が起こり、中国とソ連の対立が浮き彫りになりました。

また、異常干支の時には、異常なこと(災害も含む)が起こったり、
異常者が浮上したり、ということもあるようです。
算命学の本にあった話ですが、異常干支の年に、見合いをすると、
どこか変な人が相手だったりするそうです。
まぁ、相手もそう思うかもしれませんが^^

さて、どんな一年になるのか、わかりませんが、
より良い一年になるように、
前向きに生きて行きたいですね。





   


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